多くの人がゴキブリの姿を見てから慌てて対策を始めるのは、活動がピークを迎える夏です。しかし、ゴキブリ対策のプロたちは口を揃えて「勝負は春に決まる」と言います。なぜ、まだ彼らの姿をほとんど見かけない春こそが、一年間の戦いを制するための最も重要な時期なのでしょうか。その理由は、ゴキブリの越冬と繁殖サイクルに隠されています。冬の間、屋外にいるゴキブリの多くは成虫や幼虫の姿で、物陰でじっと寒さを耐え忍んでいます。また、屋内に潜んでいた個体も、暖かい場所で活動を最小限にして春を待っています。そして、最も厄介なのが、卵鞘(らんしょう)と呼ばれるカプセル状の卵の存在です。この硬い殻に守られた卵は、厳しい冬の寒さにも耐え、春になって気温が上昇するのを待って一斉に孵化を始めるのです。一つの卵鞘からは、数十匹もの幼虫が生まれてきます。つまり、春は冬を生き延びた数少ない成虫と、これから爆発的に増えるであろう新世代が一斉に活動を開始する、まさにゴキブリシーズンの幕開けの時期なのです。このタイミングで対策を講じることには、二つの大きなメリットがあります。一つは、越冬明けで弱っている成虫を、本格的な繁殖活動に入る前に駆除できること。もう一つは、孵化したばかりでまだ行動範囲が狭く、体力もない幼虫を早い段階で叩けることです。春のうちにベイト剤(毒餌)を家の内外の要所に設置しておけば、活動を開始したゴキブリたちがそれを食べ、巣に持ち帰ることで、まだ姿を見せていない仲間や幼虫まで一網打尽にできる可能性があります。夏になってからでは、すでに個体数が爆発的に増え、家のあちこちに縄張りを広げてしまっているため、対策は後手後手に回りがちです。春の静かなうちに先手を打つ。これが、一年を通してゴキブリのいない快適な住環境を守るための、最も賢く、そして効果的な戦略なのです。