駅前や公園で見かけるドバトたちの群れは、常に一定の数が保たれているように見えます。そのため、多くの人は個々の鳩がかなり長生きをしているのではないかと錯覚しがちです。しかし、生物学的な調査によれば、都市部に住む鳩の寿命は驚くほど短く、その多くが三年から四年以内に姿を消していることが分かっています。この短い寿命にもかかわらず、なぜドバトの数は減るどころか増え続けているように見えるのでしょうか。その答えは、彼らの驚異的な繁殖戦略に隠されています。鳩は鳥類の中でも珍しく、一年のうち季節を問わず何度も繁殖を行うことができます。通常、鳥の繁殖は餌の豊富な春に限られますが、鳩は親鳥の体内で作られるピジョンミルクという栄養価の高い液体で雛を育てるため、冬場でも子育てが可能です。生後半年もすれば成鳥として繁殖が可能になるという早熟さも、個体の短命さを補って余りある増殖スピードを支えています。つまり、都市部の鳩の社会は、凄まじいスピードで個体が入れ替わっている回転の速い組織なのです。彼らの生涯がこれほどまでに短い理由は、都市という特殊な環境にあります。交通事故、カラスによる捕食、そして何より深刻なのが人間が設置した防鳥ネットや針による怪我、そして不衛生な水や食べ物による内臓疾患です。特に足に絡まった糸やゴミによって指を失う個体も多く、そうした小さな怪我が野生下では致命傷となり、寿命を劇的に縮めます。私たちが目にしている元気な鳩たちは、実はそのほとんどが若鳥であり、老いた鳩が公園で悠々と過ごす姿は滅多に見ることができません。老衰で死ぬ前に、何らかの外的な要因で淘汰されてしまうのが野生の現実なのです。この短い一生の中で、彼らは何度も卵を産み、懸命に次世代を育て上げます。ドバトの生涯を時間軸で捉え直すと、そこには凝縮された生への執着が見えてきます。短命であることを前提としたかのような猛烈な繁殖活動は、種としての存続を図るための究極の適応戦略と言えるでしょう。鳩の寿命の短さは、私たちが作り出した都市という不自然な環境の歪みを反映しているのかもしれません。彼らの存在を単なる景観の一部として流すのではなく、その短い生涯の中に込められた生物としての戦略と、都市で生きる厳しさを正しく理解することが、共生の第一歩となるはずです。